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2011年12月

2011年12月31日 (土)

2011年、締めのご挨拶

2011年、色々ありましたが無事に新年を迎えることができる幸せに感謝致します。



本当に色々なことがありました。

プライベートなことは開示できませんが、なんとか乗り越えてきました。

一時はどうなることかと思いました。


神様はこの試練を乗り越えなさいと言っていたかのよう。

突き放されたのではなく、見守られながら・・・常に神様の手のひらの上で操られているかのように。


結果的に今のところは平穏な日々を過ごせている。

家族それぞれがやるべきことを誠実に日々行うことの大切さを感じています。

巡り巡って自分に返ってくるということ。



そして、今年は長男の高校での父母つながりの出会い。

町内の方々との出会い。

学区の消防団への入隊。

人との出会いが多い年になりました。



そして、その人たちとの交流で得るものが本当に多い。

自分の知らないことや情報を沢山得ることができた。

まさに、「井の中の蛙」であり、まだまだ自分は勉強不足だということ。

「目からウロコ」ということもしばしば。

人との出会いは決しておろそかにしてはいけません。

そこから発生する様々な交流は人生勉強には欠かせない。



「生きているあいだ、死ぬまで日々勉強なのだ」



有意義な人生を送るため、自分のできることを惜しみなく世の中の人のために。

決して見返りなどは求めてはならない。

多くの人々がかかわって今の生活が成り立っている。

コンビニのおにぎり1個を例にとっても、それが出来上がるまで。

いったいどれだけの人が関わっていて完成していて、手元にあるものなのか。

ちょっと考えてみれば、普通の感覚で考えれば気が遠くなるくらいに多くの人々が関わっている。

今、自分がやるべきことは何なのか。

ほんのちょっとだけ頑張れば出来ることならば世の中に恩返しすると考えれば。

「やれそうかな・・・」



そのように考えて、町内の行事、子供会、高校の父母懇、学区の消防団。

できるところは参加してお手伝いしてきました。

今後もそのようにしていきたいと思っています。



そのおかげ?で趣味である映画鑑賞はほとんど出来ずに終わりました^^;

来年は少し鑑賞数増やせるかな?





さて、一番の出来事と言えば震災。

岩手出身の私。

実家は青森県境に近い内陸部だったので大きな被害もなく両親は無事。

盛岡にいる妹と、盛岡に家族残して仙台に単身赴任してた兄も無事。

震災直後は連絡が取れなくて。

でも、たぶん大丈夫だという感覚はありました。

電話は通じなくても、メールは通信できたので安否確認できました。



ただ、名古屋に来る前、18年間だけ宮城県に住んでいたことがあります。

石巻にも何度も遊びに行き、松島や仙台空港方面もよく知ったところ。

無残な映像を見るたびに心が痛む。

しかも、昔の職場で知り合った方々は石巻方面に住んでいた人が多い。

安否を聞くのが怖くて・・・知ったところで何もかける言葉がない。



沈んでいては前に進めない。

自分たちはきちんと元気で生活して経済を回すことが復興に繋がる。

下手な自粛はお門違い。



心配されている東南海地震。

いつ起こってもおかしくない。

明日は我が身。

先日、やっと家具の転倒防止のツッパリ棒をしました。

非常用の荷物もリュックに入れてます。




来年も、無事に年末が迎えられることを願う。




皆様も、健康第一で元気に。

良いお年をお迎えください。




この1年、ありがとうございました。

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